2011年4月14日木曜日

『どこがすき?』

「わたしのお姉さまになってくれませんかっ!?」

 昼休み。屋上に呼び出された少女を待っていたのは、もはや日課と化している年下の少女からの求愛であった。日課というのは誇張ではなく、彼女は実際、日に一度は呼び出されて「お姉さま」となることを求められている。
 年上の少女は、瞑目して頭を掻き、目の前でじっと自分を見つめる後輩を眺めつつ―――何度目か判らないほどに繰り返してきた台詞を今一度頭の中で繰り返して、
 
「悪いけど答えは同じだ。興味ないんで、パス」

 低い声でそう告げた。
 告げると同時に曇ったであろう、色を失ったであろう後輩の顔を視界に収めないように、彼女は早足でその場を去った。
 後に残された少女がどんな顔で何を想うのか、彼女は知らない。知りたくもなかった。
 
 
 
「で、姉さんは結局、想いに応えたいってことで良いんだよね?」

 年上の少女の部屋、彼女は弟を招いて話をしていた。議題は件の年下の少女について。
 弟の単刀直入な物言いに言葉を詰まらせながらも、彼女はしばらくの間をおいて、こくりと頷いた。
 
「だってさ、初めて言われた時には気が動転してたし、ちょっと考える間が欲しかったってのも本当のことだし、そんな状況で軽々しく受けられる話でもないと思ったんだよ。でも冷静に考えて、ああ、こんなにあたしのことを好いてくれる子がどれくらい居るのかなあ、って思ったら受けてもいいかなって気持ちが強くなってきて、それで」

「いざ受けようと思ってみたらタイミングが掴めずここまで来た、と。端的に言ってヘタレだよね、姉さんってば」

「……弟よ。手心とかそういうアレは売り切れてるのか」

 長々とした弁明を断ち切る指摘に、彼女の頭が力を失い垂れ下がる。

「姉さん以外のひとに対してはいくらでも用意してるさ。まあ、僕はシスコンだからね。敬愛する姉にはついつい本音が出てしまう」

「愛が痛い……」

 背をベッドに預けてゆるゆると崩れ落ちる姉を見て苦笑しつつ、しかし弟は真面目な声色をもって言葉を紡いでいく。
 
「正直な話、さ。姉さんがヘタレってのは事実として、他にまた理由があるらしい、ってのは解るよ」

 その言語に、姉の表情が剣呑さを帯びる。

「ふうん。言ってみ?」

「じゃあ言うよ。姉さん、『好かれたのは外面を繕ってる時の格好いい自分であって、こんなヘタレな理由でずるずる先延ばしにするような自分じゃないかも知れない』って思ってるだろ。いや別に肯定も否定もしなくていいんだけどさ」

 沈黙は雄弁であった。
 しかし言葉通りに返事をしない姉に、弟は尚も言葉を浴びせる。
 
「それはね、姉さん。それは、傲慢な考えだよ。姉さんが自分で思ってる『自分の良いところ』ってのが何なのかは知らないけどさ、他人が自分を好くとしたらそれをだろう、って決めつけて忖度するのは違うよ。それは、相手をヒトとして侮辱してるようなものさ」

 言って、弟は立ち上がった。姉からの反応はない。しかし彼は、自らの姉が―――自慢の姉が、これだけ言われて何も考えられない人間であるなどとは微塵も思っていなかったし、それどころか自分すらも考えていなかったような素晴らしい境地に至れる人間であると、そう信仰していたのだ。だから、そのまま部屋を出ることに微塵の躊躇も見せなかった。
 そして彼の予想通り、後ろ手に閉めた扉越しに、小さな己への発破の声が聞こえるのである。
 
「損な役回りだよなあ。見も知らない女の子とやら、嫉妬するよ」

 小さく、呟いた。
 
 
 
「あのさあ、あんた今日も先輩に告白すんの? そろそろ諦めた方がいいんじゃない?」

「告白じゃないよ。妹にしてもらうだけだもの。それに、本心で断られない限りは絶対に諦めないって何度も言ってるじゃない」

「本心で、ねえ。そんなにも自分の目に自信があるわけ?」

「そりゃね。きっと、あのひとの事をいちばん良く見てるのは、世界レベルで見てもこの私だと思うよ」

「ふうん。まあ、わたしに止める筋合いなんぞありゃしないからね。存分におやりよ」

「言われなくたって!」

 毎朝のように繰り返してきた軽口が、この日をもって終わることを、彼女は知らない。
 今日こそは、と心に決意を刻んで、少女は軽やかに屋上への階段を登っていった。

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