「僕のことが信用できないのかい?」
「全部が、とは言わないさ。お前がその、なんだ、全能の者だってのは理解できたよ」
部屋の中に散らばった雑多な品物―――PC、ゲーム機、テレビ、書籍、楽器、その他ありとあらゆる「俺の望んだ」もの―――を横目で確かめながら、俺は目の前で首を傾げる少女にそう言った。この品物は全て、少女が俺のリクエストに応え、空中から手品のように出現させて見せたものだ。
「そうか、それは良かった。喜んでもらえてるかどうか不安だったが、少なくとも僕の力の証明にはなったということだね」
「ちなみに言っておくが、このプレゼントに関しては本気で嬉しいと思うぜ」
何せ、我を忘れて欲しい物を次々とねだってしまったくらいである。あさましいなあ、と自らを恥じる気持ちも有りはしたのだが、それ以上に、心底楽しいといった調子で応えてくれる少女の笑顔が眩しくて―――いや、止そう。
逡巡しかけた俺の内心を知ってか知らずか、少女は顔を綻ばせる。
「いや、それは重畳。全くもって嬉しいね」
にっこり笑った少女はしかし、次の瞬間には眉をヘの字にたわませて。
「さて、じゃあ訊こうか。僕がそのような力を持つ……少なくとも無から有を生み出す程度のことが可能な存在であることはご理解頂けたと思う。じゃあ、何が理解できないと言うんだい?」
その声色は呆れているようにも、困っているようにも聞こえた。そして何より、悲しんでいるような響きをすら、含んでいたように感じた。
だから、ここで誤魔化してはいけないと俺は思ったのだ。
「お前が俺を好きだという、その理由が解らない」
「……理由か」
頬杖をついて考える素振りを見せた少女に、言葉を被せていく。
「ああ。自慢じゃないが、俺は人並みの能力しか持ってない普通の人間だよ。そんな存在になんでお前みたいな凄い奴が興味を持つのか、それが全く解らない。常識的に考えて、釣り合わないにも程があるだろ」
最後の方は何か滅茶苦茶になってしまった気もしないではないが、ともかく一息で言い切った。少女は瞼を閉じ、少し考え込むようにして、
「申し訳ないが、想いの根拠を説明することは出来そうにない。何たって、一目惚れだからね。長く生きてるが初めての経験だ。それと、釣り合うかどうかで考えるなら、僕に釣り合う存在なんて居やしないよ。だから、君の能力は理由にならないし、君の環境も理由にならない。『理由なんてない、でも一緒になりたい』。それじゃあ駄目かな?」
俺は、そう問いかけてくる少女の顔が、僅かに翳っていることに気付いた。気付いてしまったのだ。
何かを考えるより先に、肯定の言葉が口をついて出そうになり―――しかし、
「……おっと! その先は言っちゃ駄目だ。僕は飽くまでも君という人格と対等に付き合いたい訳でね。同情で一緒になって貰っても困るのだ。いや、気持ちは育てるもの、という思想を否定しようとは思わないがね」
少女はそんな僅かな心の乱れさえ認めなかった。高潔にも程がある。僅かな安堵と後悔の入り交じった感覚が去来する。
出鼻を挫かれて何も言えずにいる俺に、少女は尚も言葉を続けて。
「君が僕の想いを確証を以て受け入れられるまで、返事については保留しよう。なに、会うことはいつだって出来るんだからね。まずはお友達から始めましょう、というやつさ。だから、」
少女の笑みに、慈しむような色が滲む。
「君が気に病むことなんて何もない。僕みたいな者に迫られれば疑心を抱くのが当たり前だ。そのことで悩んだりしないで欲しい。本当なら、全能の力を思う存分振るって、君の自由意志さえ剥奪してモノにしてしまうべきなんだ。人外の優しさというのはそういうものだからね。こうやってそのままの君に接しているのは、だから僕の我儘でしかない」
言い残して、少女の体がその輪郭をあやふやにしていく。風景と融け込むようにぼやけていく。
去るのか、と頭で理解して。理解した時には、もう言葉が溢れでていた。
「それでも―――それでも、俺はお前のそういう態度、立派だと思う。好感を持てると思う。だから、単純に応えてやれない俺の弱さが、自分でも悔しい」
「ああ、気に病まないでくれとは言ったが……そんな殺し文句を聞いてしまっては、どうにも前言を撤回したくなるから困るな。僕のために悩んでくれる存在というのは、存外心が踊るものなんだなあ」
くすくすと笑い、去り際に少女は、
「ああ、待ってる。待ってるとも。気負いなく僕の言葉を受け止められる時が来たら、答えを聞かせてくれないか」
頷く俺に、にっこりと笑って。
不器用な神様は、俺の目の前から消えたのだった。
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