「さあ勇者よ、わたしのものになるがよい!」
玉座に座った小さな魔王は、小さい胸をいっぱいに逸らせて―――それが自分の最も威厳有りげに見える姿勢だと自負しているのだ―――眼前に至った勇者に告げた。
口角を僅かに持ち上げた笑み。これもまた、鏡を前に散々練習したものだ。全て、この瞬間のために。
完璧に決まった。小さな魔王は胸中で喝采を叫ぶ。しかし、当の勇者は眉も動かさず、
「いや、あんまり支配とかそういうのに興味ないですし」
言いながら剣を抜いて、ゆるやかに持ち上げる。目の高さにまで持ち上げ、秘伝の技の構えと為す。
慌てたのは魔王である。
「待て待て待て待て。ちょっと待って話を聞け」
慌てて立ち上がり、両手をわたわたと振ってこう言った。せっかく練習した姿勢も表情も台なしだ。
「世界の半分とか言われても、生憎僕は勇者ですし。そういう甘言には乗れないっていうか」
構えをとったまま、姿勢を落として。準備は万端、先手必勝、といった趣である。
気圧されたのか、魔王は一歩二歩と後ずさり。
「言ってない! そんなこと言ってないから!」
「どうせ『はい』を選んでも強制的に戦闘になるんでしょう。だったら面倒な前段は省きましょうよ」
「ちが―――違うんだ。そうじゃない。わたしは、わたしは」
魔王の目が潤む。どうしてこうなった。格好よく魔王の威厳を見せつけて、こいつを篭絡して、そして一緒に―――そう、思っていたのに。何がいけなかった。どこが間違っていた?
滲む視界と乱れる心。だから魔王は、勇者の顔に浮かんだ、稚気溢れる笑みには気付けない。
「さあ、魔王討伐を始めましょうか」
「―――よ、よかろう。我がけいやくを拒んだこと、後悔させてやる!」
涙を目に溜めながらも、最後に残った矜持を振り絞って、精一杯の虚勢を張って。
そうやって馬鹿正直に意地を張る、まっすぐな娘だからこそ、自分は、と。
「まあ―――何だ。こっちがそっちに、よりは、そっちがこっちに来る方が丸く収まる訳で、ね」
「なにか言ったか!」
「いや、何でも?」
「癪に障る……! いいだろう、もはや交渉はけつれつした! 貴様を叩きのめして我が下僕としてくれよう!」
独り言に弾ける魔王の激情。ああ、やめられないな、と彼は笑う。
好きな娘ほど苛めたい。勇者ともあろうものが、こんな単純な理由で、セカイを救おうだなんて。
0 件のコメント:
コメントを投稿