2011年4月4日月曜日

『ロリババァとの対話』

「ひとつ、質問していいかな」

 マンションの一室、床面積を適度に圧迫してくれる書籍のタワーと、PC周りに堆積した嗜好品の残骸……という、いかにも大学生然とした部屋で、この部屋の持ち主たる青年は眼前に座る少女に問いを投げた。
 小柄な体躯、14、5歳といったところだろうか。二回りも小さく見える少女は場違いに上等なティーセットに落としていた目線を上げ、彼の目に合わせて、僅かに間を置き、ほんの少しだけ微笑んだ。

「ええ、どうぞ。別に一つだけとは言わず、何でも聞いてほしいものだけど」

 顎の下で組んだ両手に小さな顔を載せて、弾んだ声で。抑えきれない喜びと、少しくからかうような響きが覗いた。
 その軽やかさに、青年はしかし、硬度を増したような声で。

「なら聞くけど。……なんで、僕なんだ」

 あら、と呆けたような少女の声。だが、次に来た表情は怒りでも呆れでもなく、

「いつか聞かれるとは思っていたけれど、こうして聞かれてみると、存外困ってしまうものね」

 困惑であった。
 虚を突かれたのか、言葉を被せられない青年に、少女は次なる言葉を投げる。

「率直に言えば、理由なんて無いのよ。何で好きになったか、なんて聞かれても困ってしまう。こんなこと、この500年で初めてなの」

 夢見るように少女は告げる。この瞬間こそが夢のようだ、と主張せんばかりに。
 500年を生きる者だ、と少女が告げたのは、初めてのことではない。事あるごとに主張していたことがらで、そのたび青年は疑念を表明してみせるのだが、当初のような歯切れの良さはなくなっていた。天秤が傾き切るには至らないものの、もはや均衡にまで達しているのだろう。そのくらい、少女との交感は異質なものを感じさせたのだった。

「その、500年ってのが本当なのかも疑わしいんだけど……。いや、仮にそうなら尚更だ。何で僕が君に見初められたのか、それが解らない。何の取り柄もない僕に、不死たる君が、なぜ」

「……なら聞き返すけど、あなたは自分と同位の存在にしか愛情を感じないの?」

 うっ、と呻く青年を見て、少女は笑みを深める。

「更に言えば、愛情というのは理由があって芽生えるものなの? 何の価値も無さそうなシールに偏執的に拘る子供だっているじゃない。アレはどうなのかしら」

「その喩えはちょっと、流石に傷つくものがあるんだけど……」

 冗談よ、と。それでも笑みを崩さない少女に、青年はため息を返すほかない。
 いつだってはぐらかされて、でも、そんな少女の微笑みは最高に素敵で。

「でも、そうね。これは考えてみると面白い事柄かもしれないわね。『ヒトはなぜ恋するのか』。うん、わたしには無関係だと思って関わらなかった分、素晴らしく新鮮なテーマだわ。なにせ、蓄積がないのだから」

 うんうんと頷いて、少女は満足気に微笑む。

「或いは、こう言えるかも知れないわね。『こうやって新しい発見をさせてくれるあなただから、好きになった』って」

 青年は苦笑いをひとつ、頬杖をついて。

「卵と鶏の問題になってくるよ、それ」

 そうかしら、と笑う少女は、ほんとうの童女のようで。
 青年はまた、はぐらかされてしまったなあと笑うのだった。

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