2012年11月3日土曜日

『映画みたいに』

第十四回SSコンペ(お題:『真実』)

 小学生の時分に親が離婚して、ほどなく再婚。
 鏡映しの、対称な境遇。互いに一人っ子だった少年と少女は、妹と兄を得た。
 とはいえ、物心のついた小学生。無邪気に仲良くなれるほどには幼くもなく、割りきって振る舞えるほどには大人でもなく。互いに躊躇し、遠慮しているうちに、それが当たり前になってしまった。
 踏み込めばきっと何かが変わるはずだと感じてはいても、実際に動くには気が重い。そんな、どこか寂寞とした緊張感の漂う関係性は、両者が中学生に上がっても続いていた。



 変化の切っ掛けは、少年がレンタルビデオ店でふと見かけた、古い作品だった。映画にさほど興味のない彼でも、名前だけは知っている洋画。
 たまには古い映画でも観てみようかと、少年はその作品を借りて帰った。

 少年はとした空気の流れる作品だった。普段観ているアクションやサスペンスとは違うけれど、なるほど、悪くない。そんなことを思いながら観ていると、彼は傍らに人の気配を感じた。
 ふと視線を上げると、そこには妹がいた。彼女は立ったまま、目配せをする。兄が軽く頷くのを見て、少女は静かに腰を下ろした。二人分の重みをうけて、ソファが軋む。
 きぃ、とスプリングの立てる僅かな音。収まる家へ帰ると、居間で視聴を開始した。
 ゆったりと、すぐに静寂が戻る。

 小さな変化も意に介さず、映画は淡々と進み、やがて終わる。
 少年はデッキを操作しようとして―――傍らから注がれる視線の存在に気づいた。じっと見つめる、妹の目。
 少年は少し考え、リモコンを妹に渡した。彼女は会釈を返して、巻き戻し操作を行う。教会のシーン、男女の戯れの様子が画面に映ったところで、巻き戻しが止められる。
 静かに見入る少女を眺めて、少年は内心で微笑ましいものを覚えつつ、自室に戻った。 



 翌朝。寝起きの少年が目にしたのは、視界いっぱいに広がる、彫刻めいたはりぼてだった。
 昨日、映画で観たばかりの形。絶句していると、はりぼての後ろから少女が顔を覗かせる。

「おはようございます。ローマの名所が朝をお知らせします」
「おはよう―――まさか無生物に起こされようとは」

 想像もしなかった、とわざとらしく呟く。
 軽口に軽口で応じてみたはいいものの、果たしてこれが正しい対応だったのか、彼にはわからなかった。
 間違ってはいないはずの自然な流れに、浮ついたような雰囲気が付き纏う。

「兄さんの目覚まし時計、生きてたんですか」

 眉も動かさずに言ってのける。
 冗談なのか、突っ込みなのか、天然なのか―――少年が二の句を継げないでいると、冗談です、と少女は漏らした。 

「しかし、一晩で作ってのけるとは……ちゃんと寝たの?」
「睡眠よりも優先順位の高い消費方法があるのなら、夜の時間はそのように使われるべきです」
「そのハリボテが?」
「ええ、極めて高い優先順位を」

 そうなんだ、と適当に納得する。そうなのです、と適当に相槌をうつ。
 寒々しいようでもあり、しかし阿吽の呼吸とも評せそうな、奇妙な距離感。

「という訳で。手を、どうぞ」
「……はい?」
「ですから、手を。口の中へ」

 言って、ずい、とはりぼてを前に押し出す少女。
 威圧感に気圧されつつ、少年は右手をはりぼての口へと差し込んだ。
 それを見届けると、少女は僅かに微笑む。

「では、質問を始めます」
「あー、そういう流れ」
「他にも候補が?」
「てっきり、映画通りのリアクションを求められているものかと」
「成る程。ですがまあ、今回は」
「質問だったね。いいよ、言ってみな」
「はい。では―――」

 少しだけ間を置いて、

「兄さんは、私を疎んでいますか」

 眉ひとつ動かさず、声色を変えるでもなく。
 それは、無造作に飛び込んで斬り付けるような問いだった。

「―――まさか。大事な妹だよ」

 彼自身驚いたほどに、平常通りの声。―――或いはそれこそが、動揺の証だったのか。
 言って、ゆっくりと引き抜きに掛かった、その動きは止められた。
 はりぼての向こう、彼の手をしっかりと握る、彼女の手。

「嘘ではないにしろ、本当でもないらしいですね」
「……そもそもこういうのってさ、先にいくつか無難な質問してから最後にやるもんじゃないの」
「刑事ではありませんし、妻もいませんから」

 ―――本題から入った方が、無駄がないでしょう?
 そう呟く少女の顔には、一片の稚気すらも浮かばない。状況の奇矯さと合わさって、ひどく滑稽だった。
  
「仲の良い兄妹、だと思うけどね」
「傍から見ればそうでしょうね」
「……いずれ打ち解けられるものだとばかり思ってたよ」

 言いながら、目を瞑る。
 その場凌ぎだと、言う前から判っていた。

「私もそうです。いずれ、ゆっくりとでも本当の妹になれるものだと」

 ですが、と呟いて。

「そうはならないって、気付いたんです」
「遠かったから?」
「逆ですよ。何も言わずに傍に居られる関係が、心地良すぎたんです」
「そっか。僕もだ」
「ええ、知ってました」

 大仰な演出に、唐突なやり取り。
 派手な仕込みが齎したのは、最後の一歩を詰める切っ掛け。

「今日は何か、用事はあるの?」
「いいえ、暇ですよ」
「そっか。なら、話でもしないか」
「どうしてそんなことを?」

 とぼける少女の顔には、隠しきれない微笑が浮かんでいて。

「大事な妹と、打ち解けたいと思ってさ」

 するりと抜けた手が、少女の頭を撫でた。

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