2011年11月21日月曜日

『抑止の守護者』

第2回SSコンペ(お題:『幼馴染』)

 時代の流れの中で危険性が取り沙汰され、常ならば人のいない場と化したそこでは、誰かの存在がすなわち非日常の証左となる。
 今しも相対する一組の男女、その間に横溢する空気も、和やかな歓談を予期させるものでは決してない。
 無言で見つめ合うこと、数分。女の方が、先に口火を切った。

「―――私たちさあ、いつまで幼馴染でいればいいの?」

 極めて平坦な声色。
 そこに含まれる感情は、哀切か、諦念か、あるいはまた別の何かか。
 いずれにせよ、問い掛けには縋るような響きが乗っていた。
 しかし、

「ずっと、だ」

 言外に意味するものを汲み取って、それを真っ向から切り捨てでもするように、男は告げる。
 女の温度が傍目にも明らかなほどに下降していく。
 感情の急激な冷却は、爆発の前哨にも似ていた。
 
「……なんで? ずっと傍にいたんだよ。もっと近づきたいと思うのって、そんなに悪いことなの?」

 縋るような響きは既に失せている。
 詰問、或いは確認を目的とした、攻撃。

「互いにとって不幸にしかならないなら、俺は認めない」

 だが、それすらも意に介さず。
 苦渋の色を滲ますでも、或いは嘲笑の雰囲気を漂わすでもない、事務的な返答だけを投げて寄越した。
 その平静さが、火に油を注いでいく。

「あんたが認めようが認めまいが関係ない。……一方的に、踏み越えるよ」

 侵略する意思の表明。それは、後戻りしない、という決意の表明でもある。
 或いは、痛みのない結末を選ばない、選ばせない、という最後通牒でもあった。

「やってみろ。出来るものならな」

 どこまでも手応えを返さぬ男に、しかし女は激昂するでもなく―――微笑すら浮かべ、告げる。
 
「ええ。幼馴染で終わらせなんかしない。彼は(・・)わたしのものよ」

 仏頂面を保ってきた男が、ここにきて初めて、表情に変化を見せた。
 口の端を少しだけ吊り上げた、獰猛な笑み。

「ほざけよ。そうはさせない。あいつは一生、お前みたいな女に娶られはしない」

「―――――――――」

「―――――――――」

 沈黙がその密度を上げる。
 緊張感が増す。
 目には見えない何かが、きりきりと引き絞られていく感覚。
 一触即発の空気。
 
 ……だが、

「―――っていうか根本的な疑問なんだけど、何であんたが障害として立ち塞がるワケ?」

 心底不思議だ、とでも言いたげな表情で、言った。
 ぴん、と張り詰めていた空気は、完全に霧散した。
 
「わたしと彼がどうなろうとそれは当人同士の問題であって、あんたが間に入ってくる義理なんてなくない?」

「いや、ある」

「何? 言ってみなさいよ」

 うむ、と頷き、

「みすみす淫売に親友を渡すことなど受け入れがたい。あいつにはもっと相応しい女性がいるはずだ」

 しみじみと語る。
 その貫禄、もはや父親のそれであった。

「淫売っつった? このムッツリが」

「じゃあ聞くが、恋人になったとして何とする?」

「すぐにでも泣き叫ぶまで犯す」

 いい笑顔で。
 朗らかに。

「死ね」

 死んだ目で。
 吐き捨てるように。

「彼、逆レイプと順レイプとならどっちが好みなのかしら」

 そばとうどんの好みを聞くがごとき気安さであった。

「その言動こそがお前を野放しにできない理由なのだと知れ」

「いいじゃない、健全なだけだと倦怠期が来るのも早いって聞くし」

「お前が健全であった瞬間を一度たりとも観測できた覚えがないんだがな、俺は」

「……ベッドの中では貞淑なの。言わせないでよムッツリ」

「さっき泣き叫ぶまで犯してやりたいとか言ってたのはどこの誰だ?」

「え? 何でベッドの中で犯す前提なの?」

「ああ、うん。お前と会話できると思ってた俺が馬鹿だったな」

 双方ともにうんざりとした。
 なぜ自分はこんな馬鹿を相手にしているのだろう、という疑問だけがこの場で共有された唯一のものである。
 そのまま、沈黙が続き、数分が経過した頃。
 表情に喜色を浮かべた女が、満面の笑みで言った。

「……あ、ひょっとしてわたしのことが好きだから邪魔しちゃう、複雑な男心、とか?」

 刹那、男の呼吸が止まる。
 
 その様を見て、からかいの色に染まっていた女が、う、と呻いた。
 表情が羞恥に染まる。そう長くもない時間だというのに、それと判るほど、その頬に紅みを帯びていく。
 やがて、数瞬の沈黙の果てに、

「―――頭、大丈夫か?」

 心底不思議だ、とでも言いたげな表情で、言った。
 甘やかに漂っていた空気に、亀裂が走る。
 
「……屋上へ行こうか?」

 もしかして、と一瞬でも思った自分への苛立ち。そして恥ずかしさ。
 そして、一握りのよくわからない感情。
 混ざった結果は、ドスの利いた脅し文句だった。

「ここが屋上だ」

「なら、手間が省けていいことね」

「ああ、全くだな」

 言いながら、ファイティングポーズ。
 ―――彼らの日常は、まだまだ続く。

2 件のコメント:

  1. このノリで長い話がよみたいです。

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  2. 長編……ウッ頭が……
    となるのでかなり難しいものがあります(微笑)

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