もう一週間も、僕の住む街は雨に覆われていた。
外を伺うと、窓硝子には幾条もの細い筋。視線を上げれば、そこには雲一つ無い晴天。
鼓膜を震わせる雨音は、高く、か細く。柔らかな紙を手で裂くような、そんな音を幾つも幾つも重ねたような雨音だ。
……一週間見続けた風景に溜息を吐いて、僕はカーテンを閉めた。
「雨は嫌?」
背後からの声に振り向くと、居候がこちらに視線も向けずにテレビを観ていた。
背中まで伸びた金髪、微かに青みを帯びた瞳。それでいて西洋の血を感じさせない、不思議な少女だ。
一ヶ月前に出会い、一週間と少し前から僕の家に入り浸るようになった、身元もわからない少女。
ちょうど、彼女がこの家に来た直後だったろうか。天気雨が降り始めたのは。
その時はひどく驚いていたように見えたのだけれど、それも最初の日だけで。
翌日からは、雨のことを話題に出すこともなくなった。……のみならず、雨について触れたくないようにさえ見えた。
だから僕も、意識的に避けていた話題だったのだ。
そんな彼女からこんな問いが出るとは予想しておらず、僕は内心、少なくない驚きを覚えていた。
その驚きを表情には出さないように努めつつ、応じる。
「嫌じゃないけど、こう続くとね。それに、なまじ見た目だけは晴れるものだから、外に出たいって気持ちばかりが募る」
ふうん、と軽く応じて、彼女はまた視線をテレビに戻した。
そこからまた、暫しの沈黙。
時折こちらに投げられる視線で、タイミングをはかっているのだと知れた。
やがて、テレビ番組が終わった。
僕ら二人の集中が同時に逸れた時、彼女が言葉を発した。
「雨を晴らす方法がある、って言ったらどうする?」
その言葉に、ああ、やっぱり、という納得があった。
彼女がこの異常な天気雨続きに関わっていることは、予想していた。だって、あまりにも出来すぎている。
彼女が家にやってきた、一週間前のあの日。
あの天気雨を―――まだ異常と見なすまでもない、最初の日の、ただの天気雨を前に、傍目にも過剰なまでに驚いていた彼女の様子を見れば。
そこに何かあるのだと、思わずには居られないだろう。
予想していたから、僕の返す言葉も、すぐに出てきた。
「僕にできることがあるなら、手伝う心づもりはあるよ」
「本当?」
小さく身を乗り出して彼女が言う。
怠惰と無関心のポーズを信条とする彼女にしては、それは珍しく、強い情動を感じさせるような動作だった。
……こちらの驚きに気づいたのか、少し頬を染める。息を整えるような仕草を見せてから、彼女は言葉を継いだ。
「具体的にはどの程度の協力まで可能? 具体的に条件を付けて明文化して欲しいのだけど」
「そうだなあ……。大きな金銭が絡まず、身の危険もない範囲で、なら何とか」
「身の危険というのは怪我や病気のことと解釈しても?」
「ああ。それでいいよ」
平素から簡潔で捻った会話を好む彼女にしては、いやに遠回りな会話ではないか。
そう訝しむ僕を尻目に、彼女は何やら黙りこんでしまった。
急かすのも憚られる雰囲気だったので、彼女に倣って、僕も黙った。
数分か、或いは数十秒に過ぎなかったか。
顔を上げた彼女は、いつの間にやら、その顔を真っ赤に染めて。
「私がここに来たことで、『始まった』と見なされた。だから、天気雨が降る。
なら―――雨を止めるには、『終わらせて』やればいい。完遂してしまえばいいのよ。
あなたがどちら(・・・)を選ぶかまでは、私には判らないことではあるけれど……」
尚も話の掴めない僕に、彼女はこう続けた。
「―――天気雨の別名。知ってる?」
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