2014年1月30日木曜日

『三者三様』

第二十回SSコンペ(お題:『二次創作』)
*『ゆゆ式』の二次創作SSとなっています。ネタバレなどは気にしなくてもよい、はず。
 

「……参ったな。小説って、こんなに書くの難しいものだったのか」
 もう一時間も経つというのに、机の上に開いたノートにはまだ何も書けていない。左側のページの上の端っこ、数行分だけが何度も書いては消しての繰り返しで汚れていて、後の部分はぜんぶ真っ白だ。
 何のイメージも湧かないまま、手だけが先に進む感じで、どこかで見たような物語を拙く書き始める。当然、そんなのがうまく流れに乗ってくれる訳がない。
 それでもどうにか続けようと頑張っているうちに、自分の書いたものがどうしようもなく恥ずかしいシロモノに見えてきて、反射的に消しゴムを掛けてしまう。
 そんなことを、延々一時間も繰り返していた。成果はくしゃくしゃになったノートの冒頭と、大量の消しゴムのカスだけ。
「制限がない、ってのも考えものだよなぁ……」
 はあ、とため息をついて体重を椅子に預ける。そのまま背を反らして、天井をぼーっと眺める。部屋掃除の途中で漫画を読み始めてしまった時みたいに、一気に精神が弛むのを感じた。
 緩んだ勢いで、思考が自然とどうでもいい方向に流れてゆく。悪い傾向だなー、と頭の隅っこで冷静に考えている自分がいたけれど、もう遅い。雑念が頭を覆っていく。
 ―――だいたい、ゆずこが悪いんだ。あたしにリレー小説のトップバッターなんて荷が勝ちすぎてるってあんなに主張したのに、唯ちゃんなら大丈夫、と言って譲らなかった。そのせいで今、あたしはほっぽり出して寝ることもできずに、こうして延々唸るハメになっている。
 ……そんな風に正当化してみても、やっぱりというか何というか、やらずに寝るなんて選択肢は浮かんでこなかった。
 いつだったか、4コマを描いていく流れになったことがあった。あの時もこうやって悩んで、結局、よくわからないものしか完成しなかった。翌朝、あたしはそれを披露しなかったんだけど―――ゆずこも縁も、あたしが見せたくないことを悟ってか、そのことに言及することはなかったし、そのことを今回、盾にとったりもしなかった。
 だから、できなかったと言えば流してくれるだろうとは思う。でも、だからこそ、やってやりたい。まして今回はリレー小説なのだし。きっと二人とも、自分が何を書くか、ある程度は考えているんじゃないだろうか。そう考えると、ますますやらなきゃいけない気がしてくる。
 よっ、と姿勢を戻す。そのまましばし、目をつぶる。
『唯ちゃんなら大丈夫』
『唯ちゃん、ファイトっ』
 別れ際の二人の顔を思い浮かべて、よし、と呟く。萎えかけていたやる気と一緒に、ちょっとしたアイデアが湧いてきた。二人の顔を思い浮かべたまま、シャーペンを手に取る。
「何もないところから書こうとしたのが間違いだったのかもな……」
 どこかで見たような、いや、毎日見ているようなお話を、少し脚色して書いていく。あたしたち3人におかーさん先生、それと岡野さんたちくらいしか解らないだろう、ニッチにも程があるネタを散りばめつつ。
「(……うん、これでいい、はず)」
 この一時間の苦闘が嘘のように、手が進む。そのままあたしは、少しの寝不足を覚悟しなければならない時間まで、手を動かし続けた。



 朝、唯ちゃんにノートを渡されてから、私はずっとそわそわしっぱなしだった。
 本当のところを言えば、今回はお流れになっちゃうかな、と思ってた。唯ちゃんが約束を破るかも、って疑ってた訳じゃなくて、むしろその逆。唯ちゃんは真面目すぎるから、適当に力を抜いてでっち上げるって選択肢をたぶん選ばない。気負って、こんなんじゃ駄目だ、と思ってしまうかもしれない。書いても書いても、こんなの見せられたものじゃない、なんて考えてしまうかもしれない。
 駄目そうだったらむしろネタにしてセクハラでも迫るのが唯ちゃん的には一番楽かな、なんてことまで考えてもいた。
 ……そんな風に思ってたから、登校してすぐに「ほら、書いてきたぞ。次はゆずこの番な」なんて言われた時には、喜びのあまり雄叫びをあげてしまったほどだ。即座に唯ちゃんの鉄拳と縁ちゃんの爆笑を頂いた。ありがとうございます。
 正直、渡されてからは早く読みたくて仕方なかった。授業も何も手につかなかったくらい。よっぽど解りやすい顔でもしてたのか、授業中に何度か唯ちゃんと目が合って、その都度睨まれたりもした。視界の端で羨ましそうな顔をする縁ちゃんが可愛かったなあ。
 休み時間も唯ちゃんは私から目を離したくなかったみたいで、よっぽど人前で読まれるのが嫌だったらしい。そんなことしないよー、と拗ねてみせるのも面白いかと思ったけれど、唯ちゃんの意識を惹きつけたまま過ごすというのも新鮮で楽しくて、ついつい思わせぶりな動きを繰り返してしまった。反省反省。縁ちゃんにもネタを多めに振ったとはいえ、悪いことしちゃったかも。
 ともかくそんな訳で、待ちに待った読書タイム。さっそく机の上にノートを広げ、読書用の眼鏡を掛けて、内容に目を通す。自分が続きを書くこともあり、二度三度と読み返していく。
「なるほどなるほど、そう来ますか……」
 思わず、腕を組んで頷いてしまう。
 二番バッターとして、私はどんな物語でもうまく縁ちゃんに渡さなければいけないと思ってた。だから色んなパターンを予め想定しておいたんだけど、唯ちゃんの選んだ方向性はそのどれでもなかった。完全に予想外。
 ……予想外だけれど、考えておいた他のパターンのどれよりも馴染んで、続きを書きたくさせる物語だ。何しろ、ここには『唯ちゃんから見た私たち』が描かれてる。私が何を書くべきかなんて、もう最初から決まってる。
「全く、これだから―――唯ちゃんは最高だねっ」
 シャーペンを手にとって、次のページから物語を続けていく。考える時間なんてほとんどいらない。書くべき言葉はノータイムでいくらでも湧いてくる。
 唯ちゃんの紡いだ言葉を受けて、咀嚼して、できるだけ面白くなりそうな流れの中に解き放つ。毎日毎日繰り返してきた、これからも何度だって繰り返したい遊び。このリレー小説だって、その延長線上にある。だから、いまさら頭を捻ることなんてない。
 ただ、いつもなら自分で拾い直したり、唯ちゃんに投げ返すことも考えて作るネタを、今は縁ちゃんのためだけに整えてゆく。そこだけ感覚が違って、なるほど、これは楽しい作業だ。
 可能性はなるべく潰さない。唯ちゃんが残してくれた伏線らしきものに全部乗っかって、自分でも更にフックを埋め込んでいく。これも、いつもの私たちの延長線上。頭の隅で自分のネタが縁ちゃんと唯ちゃんを経て戻ってきた時のことを想像したり、いや、でも縁ちゃんのことだから何をしてくるかわからない、本当に戻ってくるのかな、と笑いを噛み殺したり。
 さあ縁ちゃん、どこに枝葉を伸ばしてもいいよ―――そんなことを考えながら、私は唯ちゃんの物語を継いだのだった。



『縁の好きにやっていいぞ』
『縁ちゃんなら大丈夫! 私が保証するよっ』
 二人はそう言ってくれたけど、正直、何を書いたらいいのかさっぱり決まらない。
 そう、“決まらない”。書きたいことはたくさんあるんだけど、どれを選べばいいのか、私にはよくわからない。
 はいどうぞ、と渡されたお話が魅力的すぎて、私は何をどうしたらいいのか決められずにいた。唯ちゃんのお話はするっと私の中に入り込んできて、ゆずちゃんのお話はそこからたくさんの可能性を引っ張りだしていて。
 こんなに楽しそうな道がたくさんあるんだから、どれを選ぶべきかなんてわからない。
「……はあ。困っちゃうなあ」
 うーん、と唸りながらシャーペンをもてあそぶ。うまく回らないペンを何度も机に取り落としているうち、どんどんと無駄な時間が過ぎていく。さっき読んだ話を反芻しながら、とりとめもないことを考え続ける。
 ……
 …………
 ……………………あ、いま半分くらい寝てた。
 いけないいけない、と頭を振って座り直す。
『縁の好きにやっていいぞ』
『縁ちゃんなら大丈夫! 私が保証するよっ』
 改めて、ふたりの言葉を思い出す。好きにやっていい。大丈夫。
「うん、大丈夫……私は大丈夫……最強……最強……?」
 繰り返し唱えるうち、なんとなく変な気分になってくる。とりあえずシャーペンを持ち直してノートに向かう。好きに。大丈夫。よーし。
 いましがた、半分寝ながら妄想していた通りのお話を、そのまま書いていく。あっちこっちへ寄り道してしまうのも気にしない。とにかくたくさん、思った通りのことを書いていく。私が思った通りに。唯ちゃんと、ゆずちゃんの言葉を飲み込みながら。
「(……あ、これって―――)」
 なんだ、そうだったんだ、と安心する。そっか、やってることは変わらないんだ。いつものおしゃべりと、何も変わらない。
 そう思ってみれば、このお話はすごく面白い。さっきまでも面白かったけど、今は違う面白さを見せてくれる。
 唯ちゃんの見た私たち。ゆずちゃんの見た私たち。当たり前すぎて普段は気にしない、お互いの目を通してみた自分たちのすがた。
「なら、私がやらなきゃいけないことは―――」
 いつもどおり、唯ちゃんに甘えて、やりたいことをする。全くもう、とため息をつきながら、唯ちゃんは応えてくれるはず。そんな私たちに、ゆずちゃんはもっと面白い遊びを提案してくれるに違いない。
「戻ってくる時が楽しみだなあ……」
 にへら、と笑みを浮かべながら、私は唯ちゃんに託す無茶ぶりの内容をいそいそと詰め始めるのだった。



「そして出来上がったのがこれ、かぁ……」
 おかーさん先生、出来ました! と野々原さんがノートを渡してきた時には何のことかと思ったけれど、話を聞いてみれば、部の三人で回し書きしたリレー小説とのこと。
 思った以上に楽しくて、と少し照れ気味に櫟井さんが言った通り、ノート一冊分の小説というのは少し圧倒されてしまうくらいの量だ。頑張ったよね~、と誇らしげに呟く日向さんの表情に、思わずこちらも笑顔にさせられた。
 最初はやっぱりおかーさん先生に読んでほしいよね、などと言われては、こちらとしても気合を入れて読まざるを得ない。なんだか乗せられているような気もするけれど。
 預かっても大丈夫とのことだったので、家に持ち帰って読ませてもらうことにする。いつもは少し寂しい独りの家が、今日だけは三人と一緒に帰ってきたみたいで、少し暖かいような気がした。
 帰ってすぐに、ノートを開く。
「……そっか、あの子たちの目には、こう見えてるんだ」
 櫟井さんの目から見た二人、野々原さんの目から見た二人、日向さんの目から見た二人。互いに抱く好意と敬意がぐるぐると輪になって続いている。誰かのアイデアが次の人に、そしてまた次の人にと、伝播していく様子が見て取れる。なるほど、あの子たちのやりとりを遅回しに再現してみたら、こんな様子が見えるのかもしれない。
 夕食もそこそこに、集中して読み耽る。……たまに出てくる、自分と思しき年長者の美化されっぷりに、気恥ずかしいものを覚えたりもしつつ。きっとこう思うことまで織り込み済みで書いているのだろう。野々原さんの担当部分だろうか、やっぱり。
 読み終えた時には、心地良い疲労を感じる程度の時間が経っていた。伸びをして、寝支度を整えにかかる。
「っと、その前に」
 ノートの最後のページ、思わせぶりに開けられた空白に、赤ペンでさらっと輪を描いた。
「これでよし、と」
 ぱたんとノートを閉じる。きっと仲の良い子たちにも読ませるのだろう。あの子たちの見る世界を、他の子が垣間見る。それはとても、素晴らしいことのように思えた。

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